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2014年 6月 21日(土曜日)更新  

先月号は こちら 

更新が遅れており申し訳ございません。9/27(土)か/28(日)には更新いたします

 

 タイの政治  戒厳令 外出禁止令

5月22日クーデターが起こりました。タクシン元首相(2006年9月に失脚)の妹のインラック首相もまた、失脚です。ご心配くださっている日本の皆様、ありがとうございます。私たちは皆、安全に暮らしています。
タイの政治はいったいどうなるのでしょうか?西洋的な民主主義ではない、タイの民主主義(私にはよく分かりませんが・・・・)を目指すのだという話ですが、この長期にわたる混乱振りはどうなんでしょうか?経済的にも大打撃を受けているようです。もちろん、観光客も減りました。庶民の生活は、表面的には変わりませんが、見えない形で影を落としているのは間違いないでしょう。実際、「クルム・プアン チェンマイーヒロシマ」のプアンのナットさんは、チェンマイまで買い付けに来る業者が減った為、オーダーが来なくなり、収入が激減しました。夜間の外出禁止令は、当初10時から朝5時までだったのが、12時から朝4時までと変わりました。そして、やっと6月14日にチェンマイ県も解除になりました。私にとっては、3回目のクーデター(1回目は、1976年、2回目は2006年)です。銃を持った兵隊を見ても身の危険を感じることはありませんが、大好きなタイの国の安定を心から望みます。

 今年もやります! 2014年クリスマス企画  〜〜 オムコイの村に毛布100枚プレゼント 〜〜

 

タイで最も貧しい地域の一つオムコイに住む、カレン族の皆さんにクリスマスプレゼントとして、毛布を贈ります。寒い季節に暖かいプレゼントです。1口1000円(300バーツ)です。皆さん、ご協力お願いします。振込先は、最後のページにあります。「毛布」と一言書き添えてお振込み下さい。お願いします。
毛布と一緒に、衣類も持って行きます。チェンマイにお住みの皆さん、古着でも喜ばれますので、寄付してくださいませんか?子ども用でも大人用でもかまいません。

写真は2013年12月、チェンマイ県オムコイ郡の山岳地帯に住むカレン族の子どもたちと

 

 2014年度前期の奨学金を渡してきました

 
     
 

5月1日
サンカンペーン地区の子どもたち20人(全員HIV関係者です)に奨学金を授与しました。皆、感謝の手紙と成績表を持ってきました。今回持ってきてくれたお手紙は、とても楽しいものばかりでした。日本語で書いてきたティームは、ラチャパット大学で日本語を専攻しています。英語で書いてきたリィウ、ビア、ドリーム、パーンポーン、ヌン、ポーなどの高校生もいました。小学生も、挿絵つきのお手紙。皆今年もがんばって、一生懸命勉強してくれることでしょう。

5月4日
ノンホイ地区の子どもたち32人に奨学金を授与しました。この地区には、貧しい家の子どもたち、お坊さん高校生、ムスリム(イスラム教徒)の子どもたち、拾われた子どもたちなど、色々な環境の子どもたちがいます。奨学金をもらい始めてから、どの子も成績が上がっていると、この地区のお世話役のプラパイさんがとても喜んでいました。

6月11日
バントーン小学校
今年も10人の子どもたちが選ばれました。皆とても可愛い子どもたちです。この小学校のカラーは紫色です。この日の校長先生のワイシャツも紫色でした。学校内に養鶏場や菜園があり、農業教育もしているユニークな小学校です。帰りに産みたての卵を頂きました。とても美味しかったです。

 

ちょっと残念なお知らせです。
いままで、ワットサオヒン小学校にも奨学金を出していましたが、今回から、受け入れ態勢が変わったので、残念ながら、止めることになりました。「クルム・プアン チェンマイーヒロシマ」の奨学金を小学校に出す場合、領収証の提出など、学校の担当の先生を決めて、細かく管理してもらっています。校長先生が代わられたことにより、そういうことができなくなったそうです。
この小学校の特に貧しい子どもたちには、学校を通さずに、ノンホイ地区で授与しました。今まで、親身になって担当してくれていたオット先生ありがとうございました。オット先生から丁寧なお手紙を頂きました。それには、日本の支援者の皆様への感謝の言葉が述べられていました。


2013年4月から「新ロバ君」大活躍です。
マツダセールスタイランドよりご提供いただきました。
走り屋のマツダ3(アクセラ)です。
初代ロバ君同様よろしくお願いします。


 ありがとう、市岡裕子さん(6月2日〜7日)

 

おなじみ、吉本新喜劇元座長、岡八朗さんのご長女で、ゴスペルシンガーの市岡裕子さん。今年もまた、子どもたちに会いにやってきてくれました。2008年から始まって、これでもう、6年目14回目の訪問です。何年も続けるうちに、子どもたちの成長を共に喜び、「いつも皆の幸せを祈っているよ。忘れてないよ。」とのメッセージを確実に届けることができるということを目の当たりにさせてもらいました。 今回も、「ブロッサムホーム」・「バーンロムサイ」・「ハウスオブラブ」・「光の家」の4施設を訪問されました。市岡さんの歌声には、パワーがあります。声量のパワーと共に「心」のパワーが伝わってくるのです。子どもたちが成長し、困難に直面した時、彼女の歌った、「アメージンググレース」や「プルンニー(あした)」のメロディーと歌詞が心に浮かんでくることでしょう。
日本国内でのコンサートも多くあります。日本のプアンの皆さん、一度コンサートに足を運んでください。心が癒され、すばらしい希望に満ち溢れること間違い無しです。
詳しくは、裕子さんのホームページをご覧下さい。チェンマイでの写真も満載です。

http://ichiokayuko.com/international/     次回は9月にも来て下さる予定です。


 RICDよりケンくんとネームさんにすばらしい車椅子を頂きました

 

RICDとは、世界中から中古車椅子を集め、患者さん一人ひとりに合わせて修理し配っているNGO です。主に、ドイツやベルギーからのボランティアが多く、「クルム・プアン チェンマイーヒロシマ」でも、何人もの患者さんがお世話になっています。

 

写真左、ボランティアの安部さんに車椅子を押してもらっているケン君(17才)は、去年の10月に学校からオートバイで帰宅途中、当て逃げされた。ヘルメットをかぶってはいたが、脳に大きな障害を負った。左半身が麻痺し、毎日リハビリに励んでいる。それまでは、思春期特有の無口だったケン君、事故にあって以来、いつもニコニコする子どものようになった。きつい障害とは言え、家族を明るくしている。私たち「クルム・プアン チェンマイーヒロシマ」もこの家族を見守っていきたい。

写真右ネームさん(54才)も、1年8ヶ月前に交通事故で脳に大きな障害を負った。「車椅子をもらって、外に散歩に連れて行きたい。」という奥さんの願いがかなった。今回は、オンタイ村の保健所の救急車を出してもらって、RICDまで連れて行ってもらった。
ネームさん、本当に良かったね!今度は一緒に散歩しましょうね!

 


 日本人留学生とタイ人学生(日本語専攻)による日本語教室  @「光の家」

 

〜〜〜 「光の家」のボランティアを経験して  大阪大学大学院 言語文化研究科日本語・日本文化専攻 榎原実香 〜〜〜


私が「光の家」のボランティアを始めたきっかけは、先代であり友人でもある森谷さんからの紹介でした。山岳民族の子どもたちと交流できるなんて楽しそう!という軽い気持ちで引き受けてしまい、私のチェンマイ・ライフとともに、日曜日に子どもたちに会いに行く生活が始まりました。
「光の家」では、日本語の簡単な言葉や表現を紹介し、ゲームやダンスなどを通してそれらを練習しました。はじめは「光の家」ボランティア先輩の中原さんやソーンさんにも助けられながら、何をどうすればいいのか、何が子どもたちのためになるのか、試行錯誤しました。ひらがなは私が来る前に勉強していたので、読む練習をしたり、書いてみたりしました。子どもたちは、前に勉強した言葉を忘れてしまうことがほとんどでしたが、何度も使う表現は言えるようになりました。中には真剣にノートをとったり、恥ずかしそうに日本語で答えたり、きらきらと純粋な目でこちらを見てくれたりする子どもたちがたくさんいました。毎回「光の家」に行く度に、子どもたちの元気な姿と笑顔を見るだけで、タイ・マッサージもかなわないヒーリング効果が得られました。
特に印象に残っているのは、「光の家」に一泊させてもらったときのことです。日本語の勉強中には見られない、子どもたちの遊ぶ姿、協力して家事を行う姿を見て、「光の家」のみなさんの絆が感じられ、「光の家」をさらに愛おしく思えるようになりました。そのころの私は、タイ語をほとんど話せなかったのですが、「子どもたちともっとコミュニケーションをとるために」タイ語をもっと練習したいと思うようになりました。結局、タイ語の方はあまり上達しませんでしたが、簡単な言葉でも、言葉が通じなくても、できることはあると思えるようになりました。また、「光の家」を通して多くの方々と交流できたのも、楽しい思い出でした。チェンマイ日本語キリスト教会のクリスマス会やコンサートなどにも呼んでいただき、チェンマイの日本人ロングステイヤーや、心温かい「クルム・プアン チェンマイーヒロシマ」のボランティアのみなさんにもお会いできたのは、素敵な思い出となりました。
お忙しい中、毎回私たちを「光の家」に連れて行ってくださったマキさんを始め、「光の家」のみなさん、お世話になった皆さんに、感謝の気持ちを込めて。「光の家」のことをもっと多くの人に知ってもらい、どのような形であれ、子どもたちの未来に少しでも貢献できたらと思います。子どもたちが、将来日本に来てくれたらいいなぁ……。


 6人の男性ボランティア;活動報告

 
     
 
     
 

タイのニックネームは、チャワリット
2007年・2008年・2009年と続けてボランティアに来ていた菅原信吾さん。この5年間、なかなかチェンマイに来るチャンスがありませんでしたが、今年、5年ぶりの訪問となりました。宮城県の実家が、2011年の東日本大震災で被災され大変な経験をされたそうです。現在は、福島県の会社にお勤めです。久しぶりに懐かしい子どもたちと会い、感無量という感じでした。とくに、赤ちゃんだったももちゃんが小学校2年生になっていたので、ビックリです。ももちゃんとお母さんのミナさんは、経済的に苦しい状況です。出て行ったお父さんからの援助がありません。「何とか助けて生きたいね。一緒に考えよう!」と励ましてくれました。


写真上 左&右:「光の家」にて、豆の収穫のボランティア・・・小山慶生さん(19才)、田辺聖さん(22才)。さすが、農業高校出身の
          お二人、力強い助っ人振りでした。子どもたちと収穫した豆はとても美味しかったですね。ちなみに沖村は、暑さに負
          けてギブアップでした。トホホ


写真上 中段 右:新海健二郎(21才)です。「光の家」で子どもたちとサッカー。楽しかったです。・・・・・でも、疲れました。フ~
          大久保雄世(20才)です。 静岡から来ました。以前に父がボランティアに来たことがあって、毎月「クルム・プアン          チェンマイーヒロシマ」のニュースレターを読んでいました。来られてよかったです。

写真上 下段 左:ブロッサムホーム(山岳民族の子どもたち10人)は、ちょうど夕食の準備中でした。料理の得意な私は、魚のから揚
          げのお手伝いです!

写真上 下段 右:野口健児(27才)です。普通では経験できない旅になりました。また来たいと思います。ありがとうございました。ブ
          ロッサムホームにて。


 編集後記

6月8日、私の所属する「チェンマイ日本語キリスト教会」の納骨堂が完成し献納式が執り行われました。チェンマイで亡くなったら、火葬後、この共同納骨堂「シャローム」に埋葬されるのです。80歳代の方々が、「私が一番に入るのよ。」などと楽しそうに話しておられました。「終の住処(ついのすみか)」ですね。
  6月17日で、沖村はチェンマイ在住10年目に入ります。早いものです。変わらぬご支援ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。
墓碑には、「わが国籍は天にあり」と野尻孝篤牧師の字で彫ってあります。

 

 

日本事務所が下記に変更となっております。ご注意ください。

〒661-0012
兵庫県尼崎市南塚口町2丁目19番8号
 沖 村 裕 史
(日本キリスト教団塚口教会牧師)
    Tel. 06-6429-3019(塚口教会)   

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 更新は毎月10日前後です。

 過去の「マナ〜オ通信」をご覧になりたい方は、チェンマイよりお送りいたしますのでメールでご依頼ください。

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